富士山の開山期間(例年7月上旬~9月10日頃です)が終わると、「もう登れない」と思う人がいる一方で、

「閉山直後なら、まだ雪も少ないし登れるんじゃない?」

「夏より人が少ないなら、むしろ登りやすそう」

そんなふうに考える人もいるかもしれません。

実行には移さなかったものの私自身以前はそう思っていました。

しかし閉山後の富士山は、夏の富士山とはまったく違います。

登山道は通行止めになり、山小屋や救護所、トイレなども利用できません。さらに、9月以降は気温が下がり、強風や降雪、凍結など、冬山に近い厳しい環境になっていきます。

「何かあったら救助を呼べばいい」と思っても、閉山後は携帯電話がつながりにくくなるうえ、救助活動そのものが難しくなることもあります。

そして実際に、閉山中の富士山では毎年のように遭難事故が起きています。

この記事では、なぜ閉山後の富士山に登ってはいけないのか、その理由を5つに分けて詳しく解説します。

「閉山直後なら大丈夫」と考えている方にこそ、ぜひ読んでいただきたい記事です。

① 登山道が通行止めになっている

富士山は、開山期間が終わると五合目から山頂までの登山道が通行止めになります。

ここで注意したいのが、「閉山直後なら、まだ夏と同じように登れるのでは?」という考えです。

実は閉山直後の時期は、翌年の開山に向けて、山小屋の補修・改修や登山道周辺の設備工事などが行われる大切なメンテナンス期間でもあります。

そのため、登山道が塞がれていたり、資材を運ぶ車両が通行していたりすることもあります。つまり、閉山直後は「登山者が少ないだけの富士山」ではありません。

夏の開山期間中は、登山者が安全に歩けるよう登山道の整備や案内表示などが行われています。しかし閉山後は、こうした登山者向けの環境も終了します。

「去年ここを歩いたから大丈夫」ではありません。

閉山後の富士山は、夏山シーズンとは別の状態になっていると考えましょう。

② 山小屋・救護所・トイレなどが利用できない

開山期間中の富士山では、山小屋で休憩したり、水や食料を購入したり、トイレを利用したりできます。体調が悪くなった場合には、救護所で医療スタッフに相談することもできます。

しかし、閉山すると、こうした夏山シーズンのサポートを期待できなくなります。

特に初心者にとって大きいのが、水を途中で補給できないことです。

「水がなくなっても、雪や氷があれば食べればいい」と思うかもしれません。しかし、これは水分補給の方法として適切ではありません。

雪や氷をそのまま大量に食べると、体温を奪われ、低体温症のリスクを高めるおそれがあります。また、雪や氷が必ずしも清潔とは限らず、汚染されている可能性もあります。

何より、雪を食べれば水分が補給できると考えて必要な飲料水を十分に持たずに登ること自体が危険です。

富士山では、開山期間中なら山小屋などで水を購入できます。しかし閉山後は、その選択肢がありません。

トイレも同じです。

富士山では、林の中に入って用を足すことができません。開山期間中なら、次のトイレまでの距離を考えながら登ることができますが、閉山後はその前提もなくなります。

閉山中はトイレが使用できません 写真提供:Wikipedia

そして、もっと重要なのが救護所がないことです。

夏の富士山では、高山病などで体調を崩したときに医療スタッフへ相談できる場所があります。しかし閉山後は、こうしたサポートも期待できません。

つまり、

「水が足りなければ買う」
「トイレに行きたくなったら次のトイレへ行く」
「体調が悪くなったら救護所へ行く」

という、夏の富士山では当たり前だった選択肢がなくなります。

閉山後は、自分で用意したものだけを頼りに、厳しい環境を進まなければならないのです。

③ 9月でも富士山は冬山に近い厳しい環境になる

「9月なら、まだ夏みたいなもの」と思ってしまうかもしれません。

しかし、標高3,776mの富士山では、9月に入ると気温が下がり、天候も急変しやすくなります。特に注意したいのが強風です。

富士山頂では、9月の平均風速が9.4m/s。さらに、気象庁の平年値では、9月に最大風速が20m/s以上になる日は平均で約5.8日あります。30m/s以上になる日も約1.8日あります。つまり、20m/sを超えるような強風は、決して「めったにない異常な風」ではありません。

では、風速20m/sとは、いったいどれくらいの風なのでしょうか。

気象庁によると、風速20~25m/sでは、何かにつかまっていないと立っていられないほどの風になります。25~30m/sなら約110km/h、30~35m/sでは約125km/hにもなります。

これは単に「時速110kmの風が吹いている」という話ではありません。強風によって木の枝が折れ、看板などが飛散し、通常の速度で車を運転することさえ困難になるほどの風です。

そして35~40m/s、約140km/hになると、気象庁の資料では走行中のトラックが横転することがあるとされています。

そんな風の中を、風を遮る木も建物もない富士山の登山道で歩く。

「岩につかまれば進める」と簡単に考えられるような環境ではありません。

強風の中、風を避けるもののない山での登山はプロでも命がけ

しかも、富士山の上部には風を遮ってくれる木がほとんどありません。

森林限界を超えると、街中のように建物の陰へ逃げ込むことも、森林の中へ入ることもできません。強風が吹けば、遮るもののない登山道を風がまともに吹き抜けます。

強風によって体勢を崩せば、転倒や滑落につながる可能性があります。さらに、気温が低いところで強風にさらされ続ければ、体温も奪われます。

「風が強くても、頑張って歩けばいい」ではありません。風が強すぎれば、歩くことそのものが難しくなるのです。

そして閉山後は、強風だけでなく、降雪や凍結などの危険も加わってきます。

「9月だからまだ夏」という感覚で富士山を考えてはいけません。

閉山後の富士山は、夏の富士山の延長ではなく、冬山に近い厳しい環境へと変わっていくのです。

④ 何かあっても、夏のような救助・サポートを期待できない

開山期間中の富士山では、山小屋や救護所が営業しているほか、多くの登山者が歩いています。何かあったときには、周囲の人に助けを求めたり、山小屋のスタッフに救助要請を依頼したりすることもできます。

しかし、閉山すると状況は大きく変わります。

沢山の山小屋も閉山後はすべて閉鎖 もちろん緊急避難も出来ません

その中でも意外と知られていないのが、携帯電話がつながりにくくなることです。

夏の開山期間中は、多くの登山者が訪れるため、携帯電話各社が富士山の通信設備を増強しています。しかし、開山期間が終わると増設された基地局などが撤去され、携帯電話はほとんどつながらなくなると富士登山オフィシャルサイトでも案内されています。

つまり、閉山後に何かあったとしても、

「スマートフォンで119番すればいい」

とは簡単に考えられません。

もちろん緊急時には救助要請をする必要があります。しかし、そもそも電話がつながらなければ、助けを呼ぶことすらできません。

さらに、閉山後は救助する側にとっても厳しい環境です。

強風や低温、降雪などによって救助活動そのものが困難になることがあり、遭難者だけでなく、救助に向かう人まで危険にさらされます。富士登山オフィシャルサイトも、閉山中は気象条件によって救助活動が困難になると注意しています。

夏の富士山なら、

「困ったら電話する」
「近くの人に助けてもらう」
「山小屋に助けを求める」

という選択肢があります。

しかし閉山後は、そのどれもが当たり前に使えるとは限りません。

「何かあったら救助を呼べばいい」ではなく、何か起きたときに助けを呼ぶこと自体が難しい。

これが、閉山後の富士山の怖さです。

⑤ 実際に閉山中の富士山で、何人もの人が遭難しています

「危険だと言われても、本当にそんなに遭難するの?」

そう思う方もいるかもしれません。

ところが、実際に閉山中の富士山では、毎年のように遭難事故が起きています。

2019年から2025年までの7年間だけでも、閉山期の富士山で79人が遭難し、そのうち19人が亡くなっています。

79人のうち19人。約4人に1人が帰ってこなかったということです。

もちろん、これは「閉山中に富士山へ登った人の4人に1人が死亡する」という意味ではありません。あくまで遭難した人のうち、死亡した人の割合です。

それでも、「遭難しても救助されるから大丈夫」と簡単に考えられる数字ではありません。

そして、もう一つ忘れてはいけないことがあります。

「生きて帰ってこられたから、それでよかった」とは限りません。

富士山での遭難では、低体温症や凍傷などによって、命は助かっても身体に重大な障害が残ることがあります。

実際に、富士山で低体温症になり、視力に障害が残ったという遭難経験者の記録もあります。本人の体験談によると、低体温症が進行する前になんとか下山できたものの、さらに時間がかかっていれば、より深刻な状態になっていた可能性があったと振り返っています。

また、雪山で起こる凍傷も深刻です。重度の凍傷では皮膚や組織が壊死し、手足の指などを切断しなければならなくなることもあります。

つまり、遭難の結末は、

「死ぬか、助かるか」の二択ではありません。

助かったとしても、視力障害や凍傷など、その後の人生に影響する重大な後遺症が残る可能性があります。

だからこそ、

「何かあったら救助してもらえばいい」
「死ななければ大丈夫」

とは考えないでください。

そして、ここからがこの記事で一番伝えたいことです。

そこまでの危険を冒して、閉山後の富士山に登る必要が本当にあるでしょうか。

富士山は逃げません。

次の開山まで、登るための準備をする時間にしてもいいのではないでしょうか。

富士登山は、体力があるかどうかで楽しさが大きく変わります。

私はこれまでに8回、富士山に登っています。

しかし、最初に登ったときは「もう二度と登りたくない」と思いました。

天候には恵まれていたのですが、当時は体力がなく、高山病による頭痛や吐き気も強く、登ることだけで精一杯。富士山から見える素晴らしい景色を楽しむ余裕など、ほぼありませんでした。

ところが、その後、関東近郊の日帰り登山を続けて体力をつけていくうちに、登山そのものが楽しくなっていきました。

そして、山から美しい富士山を眺める機会が増えると、

「また富士山に登りたい」と思うようになったのです。

富士山を眺める山に登るのも、実はおすすめです。

これから登る山を遠くから眺めながら、

「よし、次の夏はあそこに登るんだ」

と思う。

そうやって、これから自分が登る山を少し離れた場所から俯瞰してみるのも、登山の楽しみの一つだと思います。

三つ峠から眺める富士山

 

本社が丸から眺める富士山 三つ峠の電波塔群が左に見えています

閉山後の富士山は、雪をまとった山頂や澄んだ空気の中に浮かぶ姿がとても美しく見えます。

登るのではなく、富士山を見る。

そして、来年の開山までに少しずつ体力をつけ、装備を整える。

そうすれば、富士山へ登ったときには、景色を楽しみながら歩けると思います。

次の記事では、初心者でも登ることができ、そこから美しい富士山を眺められる山をご紹介します。